三重大学病院をめぐり、製薬業界、医療機器業界、を震撼させる極めて重大なコンプライアンス事案が発生した事をご存知だろうか。事件の概要を見ると未だにこんな事が有るのか!?と疑う内容だが、仮に企業の一担当者として自分の立場に置き換えて考えて見ると、誰もがこの事件の当事者に意図せず成って居たかもしれない…そう思うに違いない。
本事案をベースに、製薬業界、医療機器業界それぞれの違いを考察に加えながら解説して行きたい。
目次
事件の概要
普通の人が普通に起こした事件
この事件は、三重大学医学部附属病院における医療機器調達に関連して日本光電工業株式会社 社員3名が贈賄の疑いで逮捕・起訴された事件で有る。事件の概要に関しては同社独立社外取締役2名、外部の弁護士2名を含む調査委員の調査報告書に詳細な事実関係の解明、原因分析等の調査結果が記載されている。
詳細に関してはこちら↓
要点を絞ると下記の通りで
日本光電製の生体情報モニターが三重大学医学部附属病院に選定される見返りに、同大学病院臨床麻酔部元教授が代表を務める一般社団法人BAMエンカレッジメントに200万円を振り込んだ贈賄罪で有る。普通の30代、40代の会社員が犯罪者としてある日突然逮捕される。衝撃的な結末で有る。
本事案の原因分析として下記が記載されている
・利益供与が誘発される環境と利益供与の原資の作出が容易なシステム(機会)
・目先の商談成立への欲求(動機)
・コンプライアンス体制の不備・問題の本質に対する理解不足(正当化)
しかし、この事案
特殊な仕事をしている人が、特殊な状況で、特殊な判断で、特殊な行動をしたと。稀な出来事と片付けて良いのか?考えさせられる事例で有る。
不正のトライアングル
誰にでも起こりうるメカニズム
不正のトライアングルをご存知だろうか?
米国の組織犯罪研究者ドナルド・R・クレッシーが提唱した理論をもとにW・スティーブ・アルブレヒトが体系化した「不正のトライアングル理論」がベースで
この理論では、不正の発生原因には、①動機・プレッシャー②機会③姿勢・正当化の3点の要因が存在するとされている。
本事案の報告書にもこの「不正のトライアングル理論」が原因分析の骨子として述べられている。
「動機」とは、本人が不正を働くための動機で、金が必要な状況、またはその欲求を抱えている。会社から強いノルマやプレッシャーを与えられている。業務上のミスの隠蔽。失敗を隠したい。などが例としてあげられる
「機会」とは、内部統制や監視が機能していない、内部統制や監視を無視できる立場にあることで不正の実行が可能な状況にある事とされる。不正が起きても誰も気が付かない。ルールの適応外にあるポジションにいるなどが該当する。
「正当化」とは、倫理感の欠如や、行動が適切であると正当化する姿勢など、不正への抵抗が低い心理状態である事で、他にも似たようなことをしている人がいるから自分も少しくらいいいだろうと考える事。やらなければ会社が倒産してしまう、職を失う、評価が下がり収入が減る。などだろう。
本事案の調査報告書を詳細まで見ると、普通の会社員達が圧倒的な権力を持つ顧客に強要され不正を働くまでに何度も、善と悪の境目で揺れ動き、最後に正当化するも逮捕と。最悪の結果に進む様子が小説の様に記載されている。
今後起こる展開
製薬業界と医療機器業界のギャップから考察
筆者の肌感覚ではあるが、製薬業界の人に言わせれば
何これ!まだこんな事件起こるの?
ではないだろうか。
片や、医療機器業界の人に言わせれば
え!?やりすぎだけど、一歩間違えれば自分だったかも
ではないだろうか。
規制のギャップ
実は同じ医療機関向けに製品を提供する、製薬、医療機器の近接業界では有るが医療機関に対する規制には大きなギャップが存在している。
例えば、かつては医師に対する接待が日常的だった日本の製薬業界では有るが、2012年4月より接待禁止の業界ルールが設けられている。あくまでも業界の自主的な規制なので法的な拘束力は無い。
しかし、かれこれ10年近く接待を禁じて来た製薬業界の一方で
隣接業界の医療機器業界は現在でも接待は何も問題無く行われている。
製薬業界の規制は年々厳しさを増しているが、その厳しさが医療機器業界に大きな影響を与えている雰囲気は特に無い。この両業界の規制のギャップはルールを取り仕切る、業界団体の特徴に起因しているとも言われている。
製薬産業の企業を取りまとめる。日本製薬工業協会は2021年4月時点で 74社の会員企業で構成されている。
一方で、医療機器産業の企業を取りまとめる団体として、日本医療機器協会や、日本医療機器工業会など似た様な団体が複数あり、600社以上と言われる医療機器企業がそれぞれの都合で所属団体を決めている実態が有る。
結果として製薬産業は業界のルールを取りまとめ易く、統一したルールを制定し易かった事が、製薬業界でより厳しい規制を定める事を可能とした。一方、医療機器業界は複数の企業、団体が乱立し統一したコンセンサスを得る事が難しく厳しいルール制定には至らず現在のギャップを産んだと考察出来る。
その様な、医療従事者に対する金銭提供の心理的なハードルの低さはもしかしたら本事案の背景に存在するかもしれない。
今後の可能性
日本光電は本事案の原因分析を受けて、再発防止対策をガバナンスの強化、人事評価の見直し、コンプライアンス教育の徹底の3つの大きな対策として提言している。
当然ながら上記の様な事が強化される事は間違いなく、医療機器産業全体の問題として強化される事に成るだろう。つまり規制が強化される。
加えて
本案件の調査報告書に下記の記載がある
当事者 3 名は、ユーザーとの商談で納入価格の目線を把握し、X社への卸価格の値引きを行った。「値引き」自体は、医療療機器業界の取引慣行上珍しくないものであるが、本事案は当社の販売プロセスにおいてこのような値引きができたからこそ、原資が作出され、本件利益供与が行われたのであり、「値引き」が不正の温床となり得ることが明らかとなった
この様な医療機器業界の商慣習が本案件の様な結果の温床として上げられている事から、今後は取引の方法にも大きな変化が起こる可能性があると思われる。
まとめ
普通の会社員が結果として大きな犯罪に手を染め逮捕される事になった。
本事案が超特殊な事例では無い。そう思うのは筆者だけだろうか。医療業界で仕事する誰もが、自分毎として受け止めて、今後慎重に対応する事が医療ビジネスに関わる人達に求められる事であり心構えと言える。
また、今後は更に医療業界に対する世間の目は厳しくなると想像に容易く、規制強化が図られる中で営利企業として戦って行く必要が有る。新型コロナウィルスの影響で、現在の多くの医療機関は製薬会社、医療機器会社の訪問を原則禁止にしている。ある調査ではフリーで訪問できる医療機関は全国平均10%を切っている。
この状況は変わらないだろう。
タッチポイントが減る中で、売上をあげるプレッシャーに負けずに正しい方法で営業活動を行う事が求められる。これまでのやり方に固執せずにITを取り入れた新たな取り組みが益々大切に成るのでは無いだろうか。